防災って何だろうかと、考える一日。

今日は千葉県立中央博物館の防災ジオツアーに行って来ました。

 

冷たい北風が吹く寒い一日でしたが、九十九里浜に近い三川津波非難タワーに登ったり、東日本大震災で千葉では被害の大きかった旭市の被災状況を、防災資料館で震災当日から復旧・復興にいたるまでの道のりを映像で見みました。

その後、避難ルートを歩き高台に登り、バスで銚子へと移動しました。

 

 

2012.8.24日、毎日のように報道され続ける東日本大震災を自分の目で確かめたくて、私は車で行けるところまで行こうと、その頃住んでいた市原市から、朝早くに家を出て南相馬市をめざしました。

 

夕方、310㎞走った楢葉町で通行止めになり、暮れはじめた村人のいない不気味な山道をいわき方面へと戻りました。そして、いわき市内でやっとビジネスホテルに泊まることができました。

 

次の朝、もっと海沿いの道を走って帰ろうと海へ向かい、急な坂道を上り曲がったとたん、そこには信じられない光景が広がっていました。

 

かつて町があったはずの建物の基盤と道路だけの殺風景というより、ニュースでたびたび見ていた景色の中に自分がいる。

 

ねじ切れた鉄骨。花模様の幼稚園の外壁。なぜか咲き乱れるヒマワリ。校庭に積み上げられたゴミの山。人影は、そこで作業する人だけ。

 

海は穏やかに波打ち、何事もなかったようにキラキラと光っていました。

 

道路標識に平薄磯とありました。

 

 

銚子マリーナで科学大学の先生方の、東日本大震災の時のこのあたりの被災状況のお話がありました。

過去にも大きな地震や津波の災害にあった人々が作った記念碑が銚子市内の各所にあるそうです。地震や自然災害の起きやすい国だからこそ、できることがあるとすれば、それはなんなのか。

 

科学大学も被災したけれど、生徒が一人も犠牲にならなかったことが、何よりも大切なことだと感じたという、藤本教授の言葉が印象的でした。